本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『習得の情熱』と夏の日のプール

得難い体験がある。
自意識に酔いしれること。偉大な詩人であるかのように、言葉を紡いでいた時、それは喜びだった。
他者の評価を気にすると、詩は苦痛に満ちた。表現は陳腐で経験は未熟だった。詩は変哲も無いガラクタなようなものだったが、それは他者のいうことでしかない。美しいものを美しいと書き、醜いものを醜いと書いた。1日ごとに違う言葉と、よく使われる言葉がノートに書き残される。時間の失われた場所に、ぽつりと置かれた言葉と感覚、共振する映像に寝不足の体は火照りを覚えた。
これからアルバイトがある。理屈は常に脳の片隅に存在していて、今、を邪魔してくる。時計のアラームがなり、焦心は理性の前に現れる。没入していた自意識から引き剥がされる。怠惰な夕日を浴びて、寝癖をつけたまま家の扉を開く。働かなければ生きてはいけない。憂鬱な気持ちでアルバイト先まで歩いた。
夕方18時に店のタイムカードを切る。1日が長く感じる時もあれば短く感じる時もある。仕事は仕事だった。楽しいこともあればそうでもない日もある。ただそれだけだった。自律した選択は存在せず誰かの介入の中で右へ行き、左を向いた。そんな風にして仕事を終えた。
タイムカードを再び切る。店の駐車場で仕事仲間と話をする。帰宅するものは少ない。深夜0時に終えた仕事から朝日を迎えることもあった。何を話していたのかは重要ではなかった。
いつ頃からだろう。真っ暗な朝方、時間でいうと午前3時くらいになると、ドライブへ出かけることが多くなった。暗闇の中、眠気を引きずりながら、いろいろなところへ行った。
そんな風にして、街から離れた中学校へ向かった。中学校へ着くとうっすらと東の山際が明るくなり始めていた。暑い日だった。きっと熱帯夜だったはずだ。誰だったか覚えていない。暗闇の中、ジャバンと水に何かが入る音がした。みんながその方向を向く。プールかあった。水面には1つの顔が浮かんでいた。みんなも入ろうぜ、と呼ぶ声がした。男の子も女の子もみんなプールへ入った。
その日の夜明けはあっという間にやってきた。一瞬一瞬はとても長かった。水をかけあう水滴の一粒一粒がはっきりと見えた。薄暗いプール。女の子たちは下着が透けて見え、男の子たちはただ水をかけあっていた。全ては正しいことだと分かっていた。
太陽は完全に登る。ずぶ濡れになったまま車に乗り込むと、車の持ち主は嫌そうな顔をした。世界の全てがここにはあった。エンジン音がなる。シートベルトを外し、窓を開けると、体の半身を外に投げ出して両手を広げる。車のスピードは緩まない。一時限に間に合うかな、と運転手は言う。間に合わせればいい、と車の外に出た体のてっぺんから声がする。

 

習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法

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