本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『カバンの中の月夜』とリブレット千種店とtales of the new age

呟くような声、嘆く歌。囁くように語り出し、メロディを作る。とても単調な。

Tales Of The New Age

Tales Of The New Age


愛を忘れた私は、愛せない恋人の耳元で、おはようと歌う。快楽よりも依存に近い。抜け出そうとすればいつでも抜け出せる。

私はあなたに抱かれてるだけ。あまりにあなたは可哀想で、みすぼらしいから。
男の背中は華奢で、貧相だった。私はその背中に指を這わせて遊んでいる。

朝がやってくる。

何もない白い部屋。
四角いベッドだけがある。
男は起きて、窓の外を見てる。

黒い四角いテレビ。
画面に反射する顔。私、化粧が剥げている。朧な画面の私は、髪の毛を手で梳かす。少しは女らしい感じにするため。

黄色い灰皿に黄色いタバコのパッケージが置かれている。白くて細長い、骨だけの男の腕が伸びる。真っ白なブリーフパンツ。白いタバコの煙を吐いた。

白い部屋の中に、白い煙は舞い上がる。タバコは天井の隅で暗がりの隅に黒ずんで留まる。天井には黒い染み。黄色い染み。

朝の陽光が天井を照らす。その光は時に白く輝く。瞼の裏に白い傷跡をつける。
私はことあるごとに、瞬きをしている。

青い目をする男は、青いひげを生やす。三角形のサンタクロースみたいなやつ。ガラス細工のおもちゃみたいな。

ベッドの上には海水浴場でよく見かけるような馬の模様のあるパラソルが広げられている。パラソルの骨のところは三角形になっている。
天井に屯う煙は摩天楼のビルディングみたいにそびえている。

黄色い三角星のハンカチーフがベッド横に落ちている。

何もない部屋のベッドに横たわる白くて細い男の、細くて長い腕。白い煙はその腕に反射して、白い朝の陽光と同化する。

私、あなたと一緒になんかならない。
あなたは、私のこと好きでも嫌いでもない。
頭の映像で、ラスベガスのルーレットみたいに、白い玉がくるくる回る。

愛してない男の愛してない白い腕に抱かれ、私のこと愛してるでしょ、と尋ねる。ここは安定した落城。無職者達が占拠する、誰も気に止めることのない城。

朝の陽がベッドに差し込む。
24時間で6分だけ差し込む陽の光。

男は立つ。洋服を着る。
私はベッドに横になったまま、天井を見てる。タバコの煙はすでに霧散して、くすんだ天井しかみえない。

また、連絡するよ、と男は言う。台所に置かれた黒いコーヒーを飲み干し、苦いな、と呟く。死を目の前にし、絶望的で助かる見込みがない、男のように。

きっと私の方が先に死ぬ。
男の気配がドアの向こうへ消える。私は天井を見てる。黄色い灰皿の男の吸ったタバコの吸殻を手に取り、ライターで火をつける。
真っ赤な炎がタバコを燃やす。
ゆっくりとタバコの煙を吸い込む。肺へ煙は落ちていく。

煙を吐き出す。吐き出てきた煙は、灰になった肉体みたい。フェニックスの伝承みたいに、灰から蘇り、また炎に焼き尽くされて灰になる。

神様は良かれと思ったのだろう。私に永遠の命を与えてくださった。1日が過ぎると、死に絶え、朝とともに生き返る。

でも、まるで地獄みたい。

死んでも死んでも、また蘇生する。
私は、愛していない男の胸の中で目覚め、白くて細い背中を人差し指で愛でるふりをする。
男の上に跨り、善がり、喘ぐ。

男はもう部屋を出た。
私は裸のままで部屋の窓ガラスを開ける。
あらわになった胸が風に吹かれている。

ドレスルームに掛けられた服に着替え、化粧をする。赤い口紅をつける。
私は良い子だ、と私に言いつける。

朝の陽は、部屋から去った。

玄関を開けて部屋を出る。晴れている。雲一つない快晴だった。きっと休日なら憂鬱だったに違いない。
ピンヒールの音をアスファルトに叩きつける。単調なリズム。呪文みたいに繰り返す、単調な言葉。

夕方、イオンモールへ買い物へ行く。買い物のついでに本屋さんへ向かう。リブレット千種店。
北園克衛の『カバンの中の月夜』が飾られていた。蛍光灯で色落ちした表紙。踏み台を登り、手に取る。

単調な世界の出来事。
私はレジで財布を開きながら、綺麗な本はないですか、と尋ねる。店員はないです、と答えた。
お金を払い、野菜を買って帰る。

今日は昨日よりまとも。
部屋に帰ると誰もいない。明かりをつけてベッドに倒れ込む。

今日より明日の方がもっとずっとまとも。

カバンのなかの月夜―北園克衛の造型詩

カバンのなかの月夜―北園克衛の造型詩