『バカはサイレンで泣く』と岩瀬書店富久山店
ここは、大宮でも福島でもない。
新幹線で北上する。窓際の席で息子が折り紙をしている。
体調が良くなく、身体中の神経が軋んでいる。寒気らしい寒気はない。
駅で買った、缶コーヒーが美味しかった。
新幹線のホームにいた駅員に、次の新幹線の発車時刻を聞いたら、何?とぶっきらぼうに言われて腹が立った。
おいおい、と声に出してしまう。
あの怒りをどう受けながすべきなのか、その答えは当分見つけられそうにない。
KITTEで買った鹿児島の弁当屋が美味しかった。大人でもお腹いっぱいになる量を、息子は軽々平らげた。
人の満腹感などは、物理的な限界というより、感情的なものに左右されるものなのだ。
息子は、普段、こんなには食べない。
新幹線は北へ行く。
山形にはまだ着かない。
窓から見える空には雲がない。木々の肌が露わになっている。
帰省中、読もうかと思った『タタール人の砂漠』は、三ページ以降読むことが出来ない。
息子と二人だと難しい。息子が寝たタイミングでページを開き、すぐにうたた寝する。
結局、10ページくらい読んで眠る。
ここが、大宮でも福島でもいい。
新幹線の景色は、ただ目的地いがいを飛ばしていき、ドアが開いたと思ってもすぐに閉じてしまう。
車掌さんが、駅名をアナウンスし、出発のサイレンを鳴らす。
大学の頃、『バカはサイレンで泣く』にはまった。友人と一緒に本屋へ向かい、バカドリルシリーズを買い漁った。
いわき市に住んでいた僕らは、バカドリルをコンプリートするために郡山市まで車を走らせた。岩瀬書店富久山店には、当時、想像できる限りの本がすべて揃っていた。
僕らは広大な本棚の間をくぐり、『バカはサイレンで泣く』を見つけ出す。
郡山駅を過ぎて、福島駅に着いた新幹線は、東北新幹線と山形新幹線の連結を外す。
自由席からはみ出した乗客が、少しずつ少なくなっていく。
福島駅のホームには、春みたいな日差しがさしていた。
大学を卒業し、上京する。
東京に住み始め、2年くらい経った頃。久しぶりに帰省した東北の風はとても冷たく鋭かった。
もうお前など知らない、と風が吹き付ける。
各駅停車で帰ったその日、福島駅で3時間待った。駅のホームで読み終えた文庫を枕にしていると、山形が果てしなく遠く感じた。
ここは、山形でも福島でもない。
ましてや大宮でもない。
そんな風に、所在不明の肉体が、仮の重力に救いを求めて、福島駅のホームに縛り付けられていた。
3時間後にやってくる電車は、山形へ運ぶのではなく、宇宙空間へ運んでしまうのではないか、と思えた。
そこは、どこでもなかった。
息子が横で目覚める。
窓の外は、雪が積もっていた。
雪だよ、と彼は言った。
風は冷たかったが、温かくもあった。
足下のスーツケースを蹴りながら、雪、積もってるね、と息子に返す。
息子は、窓の外を見たまま、なにも言わなかった。
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