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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『飛行蜘蛛』とジュンク堂大阪本店

年末年始は帰省する。今年は雪が少ないようなので、車を運転できる。なので、車で友人の店に行くつもり。そこで、お土産を買おうと思う。

山形、といえばさくらんぼ、と答える人がほとんど。山形のどこ出身?と問われると、米沢あたり、と答える。米沢牛だね、と言われる。本当は、南陽市、と言うと、知らない。と言われる。
ちなみに米沢牛は飯豊出身がほとんどなんだ、と心の中で思う。

たまに、南陽市のことを知っている人がいる。赤湯温泉でしょ、とその人たちは言う。そこまで来たら、そうそう、と素直に頷くが、ちょっとだけ後ろめたい。最寄駅は第3セクターフラワー長井線、梨郷駅。1997年くらいまで、携帯電話の電波はドコモしか入らなかった。赤湯とは桁違いの田舎。

梨郷駅には1日5本くらい汽車が通る。長くて3両。朝夕の通学時間だけ、3両になる。
ディーゼルの煙が冬になると雪景色の中に映える。冷たい朝にフラワー長井線の使い古された車両が、雪を掻き進む。

梨郷は4つの部落に分かれている。梨郷と呼ばれる地区は、西側に広がり、面積が大きい。
置賜盆地の北端は、水捌けの良い丘陵地帯で、スイカ栽培が盛んだ。
この周辺の西瓜はほとんど山形県外に出ることはない。瑞々しく甘いこの西瓜は、お盆を越えると瑞々しさを失ってしまい、甘さも美味しい甘さ、というよりひつこさを少し感じる。
持ちの悪さからか、ほとんどが山形県内で消費される。

梨郷駅がある竹原は、部落の中心地になる。五軒ばかり店が連なる。
小中学校が隣同士にあり、グラウンドを共有して使っていた。
2010年に中学校は閉校した。

山の麓には梨郷神社がある。毘沙門天を祀っている。9月の3連休にはお祭りが行われ、青年団が獅子を担いでその辺を練り歩く。
ちょうどその頃、赤湯温泉にほど近い烏帽子山八幡でもお祭りが行われる。
1980年代は景気も良く、赤湯温泉にも梨郷神社にもテキ屋の兄さんたちはやってきていた。
今では梨郷神社に来るテキ屋はあまりいないらしい。

梨郷神社の参道は農道と兼用で、南陽市一周駅伝のコースだった。その道は、山へ行く途中の道で急な登りになっていた。梨郷神社の鳥居を背に、南の方角を見ると、置賜盆地の田園風景が見えた。南端には米沢市街地が微かに見える。市街地の背後には大きな吾妻山が聳えている。

雪が降る頃、空から糸が降ってくる。その糸は、ゆらゆらと揺れながら、光に輝く。天女の絹糸のようなその糸をこの辺の人は、雪迎え、と呼んだらしい。

空から降ってくる糸を掴むと、糸は、ぱさりと落ちて見えなくなる。糸は絡むように腕の中へと溶けていく。
糸の溶けた腕は、少しだけ寒くなる。血管が凍え、手足の先が冷たくなる。

糸は雪を運ぶ。生きているものか、鉱物のような類のものか、よく分からない。それ自体には温度があるわけではないが、それが溶けて一体となったものは冷たくなる。

糸が溶けた大地は急激に冷えていき、霜が降り、空からは雪が降ってくる。それから3ヶ月から5ヶ月にかけて、長い冬が続く。

温度を奪われた大地には、草木が育つ事はない。冬の期間、人は漬物や干物を食べて過ごす。

とはいえ、雪迎えの糸をこの辺りの人はみな、歓迎していた。その糸が多く降ると、雪は深くなったが、蚕の繭はたくさん育った。
雪迎えの糸は、桑の木に溶ける。
蚕は桑の葉を食べる。その年の絹は光に解けるように美しく、冷気に強い。
まるで、蚕には雪迎えの糸の抗体があるかのようだ。

春を迎える頃、再び、糸は空に舞う。それを雪送り、と言った。糸は大地から冷気を奪い去り、空の太陽は暖かく感じられるようになる。
草木が芽生え、春が訪れる。

大地に溶けた糸が、空へ帰る。
どこかに雪をもたらすために、風に吹かれる。

古くは、万葉集にも記載があった。海外でも同じような現象が起きている事がわかる記載がある。シェイクスピアリア王で言及されている。
それらの糸を歌人たちは、糸遊、遊糸、などと呼んだ。
イギリスではゴッサマーと呼ばれていたようだ。


1914年に山形県山形市で生まれた錦三郎は、梨郷小学校の校長を務めたこともある。彼は、赤湯の大谷地と呼ばれる特異な湿地帯で、蜘蛛が空を飛ぶ姿を研究した。
それこそが、天女の絹糸であり、遊糸であり、ゴッサマーだった。

錦三郎が書いた『飛行蜘蛛』は、「雪迎え」を考察、蜘蛛が空を飛ぶ瞬間を観察、文学作品の飛行蜘蛛を研究、と理系文系が混合する。

文学作品の中で用いられる遊糸は、儚く脆い象徴、幻のようなものとして用いられてきたようだ。
一本の糸が空に舞っていても、それに気がつくことは少ない。ふとした光の傾きでその糸が見えたとしても、それが蜘蛛の糸だと気がつく人は少ないに違いがない。

錦三郎の『飛行蜘蛛』は、山形の八文字屋書店で買いたかったけど、なかった。

ジュンク堂大阪本店には、生物の研究をしていた方がいる。その方にお聞きすると、古い本だけど、ちょくちょく売れていきます、と教えてくれた。
手渡された『飛行蜘蛛』を持ち、レジへ向かう。

今頃、雪迎えの糸が空から降っているのだろうか。

飛行蜘蛛

飛行蜘蛛