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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『ある夢想者の肖像』と誠光社






恵文社一乗寺店で店長をしていた方が、丸太町に本屋を開いた。
屋号は誠光社。

お店は河原町通りと丸太町通りの交差点の近くにある。大通りから一本入った通りにあった。

夕暮れとも夜とも言えない時間、その界隈は光が落ち、薄暗かった。
人通りも決して多いとは言えない場所に、誠光社の店の光は灯っていた。

お店には、2、3組のお客さんが本を選んでいた。お店は20坪もないだろう。本棚に並べられた本が互いに向きあっていた。本を眺めるにはちょうど良い広さだった。

Amazonという本屋が現れてから、無駄な時間を削り、効率的に本を買うようになった。戸惑い、悩み、彷徨うことを嫌がるように、パソコンやスマートフォンの光を点け、検索ボタンにキーワードを入力し、クリックする。
記憶させたクレジットカードのナンバーで支払いを済ませ、光を落とす。それから、テレビドラマを見る。

リヴィングに横になり、手持ち無沙汰になる。夕ご飯までは時間がある。何もすることがないや、と目を瞑る。耳にはテレビドラマの声が聞こえてくる。

こないだ、宮崎あおいが好きだって言ってたんだよね、とAmazonから届いた包みを開ける。妻は、なんてタイトル?と尋ねる。

『強運の持ち主』。瀬尾まいこって人が書いたやつ。
瀬尾まいこって駅伝の小説書いてた?
それ、三浦しをんじゃない?『風が強く吹いている』。
そうだったかな。瀬尾まいこって人だったと思うよ。

そう言って、スマートフォンの光をつける。グーグルにアクセスして、検索する。

あ、あった。『あと少し、もう少し』ってやつ。
それそれ。でも、グーグルの検索から出てきた『あと少し、もう少し』はクリックされず、スマートフォンの光は消される。

誠光社には一組のカップルがいた。同い年くらいだろう。彼女は棚の間をぼんやりと見ていた。男性は、奥の方から小走りに彼女に近寄る。
ねえ、と声をかける。
この本知ってる?と。
手に持っている本のタイトルはわからない。たぶん、瀬尾まいこではない。

文芸の棚の前で、スティーブン・ミルハウザーをみつけた。二人の声が真後ろにある。『ある夢想者の肖像』。分厚いハードカバーの背表紙がドンと置かれている。手に持つと重い。

この本、知ってる、と女性の声がして、これもそうだよ、と男性は答える。二人は二冊ほど手に持ち、レジに運ぶ。店主と軽くお話をしている。声はあまり聞こえない。

二人は店を出た。お店のなかには、一人だけになった。
『ある夢想者の肖像』をレジに運ぶ。
好きな本をちゃんと売って続けられそうだ、と店主は言われた。

小さな店は個性が出る。
全ては揃わない。クリックすれば、あらゆる知識にアクセスするAmazonとは違う。

『ある夢想者の肖像』の前で、見つけ、悩み、戸惑い、決心する。毎日欠かさず本屋へ行くのに、『ある夢想者の肖像』と出会うまで、約半年かかった。Amazonでは出会うことはないし、ミルハウザーと出会う場所としては似つかわしくない。

エドウィン・マルハウス』に憧れた実家の家の部屋には、カードダス、カセットテープ、詩集、が山積みにされている。部屋の扉を開き、山形県上山市にあった山交ランドの『イン ザ ペニーアーケード』へと向かう。
高校を卒業すると、何冊ものノートの上に築き上げられた『三つの小さな国』から旅立つことになる。
幻影師 アイゼンハイム』として、広島県へ出向き、『マーティン・ドレスラーの夢』に宿泊した。
窓から見える喧騒は別の時代の別の世界のようだ。

原爆ドーム前の広場には光が差していた。川が流れていて、ホームレスの人が自転車を引いていた。おはよう、と声をかける。彼は、自分の物語を語った。けれど、お金がないんだ、と言って手を振って別れた。後ろを歩くスーツ姿の男性にも、おはよう、と声をかけていた。
川面に反射する光、修学旅行で見た原爆ドームの影、青々とした木々。
初めての舞台まで、アストラムラインで向かう。

それから、10年が経った。
京都の丸太町の駅で降り、薄暗がりのなかを歩く。今年の紅葉は、遅かった。ちょうど、京都の山々は赤や黄色の葉が山を彩っていた。
夕方から雨が降り、沿道に植えられた銀杏並木から葉が落ちる。雨と銀杏の匂いが漂う。

全国高校駅伝の二区中継地点を示す看板が見える。昔、ここを目指し、部活に励んでいた。
都大路、と呟く。雨の音、車が通る音で、すぐに声は消える。
夢にまで見た都大路を歩いていた。
走ってはいない。

あれから、20年ほど、経っている。

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