本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『歯車』と山下書店原宿店

週末、頭が痛かった。
上京してから、偏頭痛の癖がついた。そんなに頻繁ではないが、偏頭痛の痛みは気が狂いそうになる。

北側の部屋は光が遮られている。
窓の隙間からわずかに見える空は、青く澄んでいる。東京の冬の空だ。
部屋の空気が澱み、悪夢を見そうなので、妻に頼んで窓を開けてもらう。冷たい空気が入る。乾燥した空気は、冬の冷気を含み、鋭く突き刺すように体に触れる。
それは、正気を保たせてくれる。

まどろみと冷気の間を行ったり来たりする。
大学時代に出会った、女性の夢を見る。半分は妄想かもしれない。

彼女の名前はユキといった。ユキは当時、高校3年だった。年が3つ離れていた。
彼女は緩やかなセーターを制服の下に重ね着し、膝上までの短いスカートをはいていた。正真正銘の女子高生だった。

ユキは、人懐こい目で、いろんなことを話した。本が好きだ、と言った。洋服が好きだ、と言った。映画が好きだ、と言った。
彼女はいわき市の高校に通っていた。仲良くなり、クリスマスを迎えた。クリスマスの日、彼女は家に遊びに来た。緩やかに時間が過ぎた。次第に言葉が少なくなる。彼女との距離がなくなり、柔らかな体に触れる。

怖かったのかもしれない。彼女に触れた手を机の上にのせると、彼女から体を離した。日の落ちかけた空は鮮やかに赤く染まっていた。
窓から入り込む冷気は乾いていて、とても冷たかった。夕日が彼女の頬を照らす。突き放されたような彼女の目は、さえない男を見て、笑った。

18時頃、彼女は家に帰った。
それから何度か連絡を取り合った。
大学を卒業して上京したのを機に、連絡は途絶えた。

表参道でばったり会ったのは、1年ぶりだった。彼女は以前より大人っぽくなっていた。相変わらず、大きな目を見開いて笑った。

彼女は楽しそうに話しをした。
彼女の肌に触れたかった。わずか数センチにいる彼女に触れることは許されない。彼女の洋服を脱がせ、裸の彼女に触れたいと思った。それは過ぎた日の出来事だと知っていたのにも関わらずに。

芥川龍之介の『歯車』を読んでいる、と彼女は言った。男なんてみんな体が目的なんだ、と言う彼女が聞いている歯車の音は、いったいどんな音なのだろう。幻惑と妄想の中で、彼女を追い詰めるものの正体を知ることはもうできない。生身の彼女にさえ触れることができなかったのだから。

彼女と別れた帰り、今はもうない、ラフォーレ原宿の山下書店へ寄った。『歯車』は置いていなかった。

グーグルで検索すると青空文庫が出てきた。その空は、突き刺すように冷たく乾いた空のように感じた。

歯車 他二篇 (岩波文庫)

歯車 他二篇 (岩波文庫)