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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

『長距離走者の孤独』と森の図書室

ライフスタイルの中で、書く行為、読む行為を忘れてしまうことがある。

月の定例で読書会を開くことになった。2回目を28日に予定した。予定した方が悪いのだが、多くの人に予定が入っていて、誰も集まらない。

誰もいないのなら一人で読書会をしてもいい。ずっと以前から長距離走者だった。孤独と向き合い、大衆と触れ合いながら、馴れ合わないようにしてきた。指し示されたゴールを目の前にして、立ち止まることだってある。みなが前進せよ、と言ってもだ。

ただし、言葉は正確に使う方がいい。読書会は、複数人いることで、会をなす。一人だけであれば、それは読書に他ならない。
お酒を飲み、本と戯れるだけの時間だ。森の図書室へやってきた人たちは、横目で見るだろう。それから無視するはず。
向かい合って座る男女が見える。
互いの好きな本について話をしていた。男は女に『長距離走者の孤独』を紹介する。

彼は新潮社から出ている文庫を本棚から取り出す。彼女の前に置くと、若い頃に読んだんだ、と言った。40前半から30後半くらいの男の正面には、明らかに20代の女性が座っていた。
彼女は『長距離走者の孤独』を手に取ると、ページをパラパラとめくる。


12月だっていうのに、雪が降らないのね、と彼女は言った。彼女はウォークマンのイヤホンを耳から外した。ねえ、これ聴きなよ、と外したイヤホンを渡してくれた。
The smithのQueen Is Dead だった。彼がその曲を聴いたのは初めてだった。艶かしいギターの音と細々とした歌声。小学校の頃、遠くから聞こえてくた行進曲のようだった。初めて聴いた曲に思わず、懐かしい、とつぶやいた。
知ってるの?と彼女は言った。驚いた顔をして目を覗き込む。いや、と彼は首を振る。なんていう曲、と彼は尋ねる。The Smith のQueen Is Dead と彼女は伝えた。やっぱり知らないよね、と彼女は視線を外し、窓の外を見た。空が真っ青だった。乾燥した冬の空は、色彩の濃淡を鮮やかにする。彼は、彼女の視線を追い、外を見た。


40代くらいの男は、20代の女を目の前にして、スミスのことを思い出していた。高校時代に付き合っていた彼女が教えてくれた。あなたはいつも走ってばかりいるね、と彼女は言った。何考えてるの、走ってる時、と彼女は尋ねた。彼は、答えられなかった。答えられず、彼女を見ていると、彼女はイヤホンを外して、聴いて、と言った。
彼は、ジャージの腕を捲り、彼女からイヤホンを受け取った。

あなたみたいに走ってる男の子の小説があるの、と彼女は言った。主人公の名前はスミス。上から読んでも下から読んでもスミスはスミスだね。

目の前の女は、彼の顔を見ている。彼はスミスのことを話した。音楽のことも話した。話しながら、虚しくかった。
スミスはスミスだね。
男は、女に向かって言った。ポールスミスなら知ってるよ、と女は言った。ポールスミスって長距離走者かな、男は答えた。さあ、と女は答え、色のついたお酒を飲んだ。

男は、目の前に出した文庫本を棚にしまう。女はその動作を見ていた。私は伊坂幸太郎が好き、と言った。伊坂幸太郎って伊佐坂先生みたいだね、と男は答えた。伊佐坂先生って、サザエさんの?と女は尋ねた。男は、そう、と答え店員にお酒のおかわりを求める。

本が好きなの、と女は言った。見た目はこんなだけどね、と。男は森の図書室へ行こう、と誘った。渋谷にあるんだ、酒も飲めるし、本もたくさんある、と。
男は、あわよくば、そのまま道玄坂のホテルへ行こうと思っていた。女は男に気があった。一時間くらい話をした。男はそろそろ店を出よう、と女に伝えると、女はうなづいた。
店員にクレジットカードを渡す。精算をして店を出た。

女は男の体にしがみついた。12月だね、と言って体を震わせた。昼は暖かかったが、夜になると冷えた。
男は女を裸にすることを考えていた。渋谷の喧騒の奥、早く走れ、早く走れ、という声が聞こえる。
さあ行け、早く飛びこんじまえ、男はそう思った。看板にはソープランドの電光が光っている。ガンソープはよたよた走っている。早く飛びこんじまえ、男は再びそう思い、女を見た。女はネオンに輝くソープランドの文字を認識しながら、意識せずに、寒いね、と言った。

彼女が制服を脱ぎ、下着になった時、彼の鍛えられた体は露わな状態だった。彼女は恥ずかしげだったが、何も気にしてはいない、という態度をとった。彼女は、CDをかけて、とお願いする。ベッドの中に潜り込み、
Life is very long, when you're lonely
と歌った。


店が終わる時間、周囲には一人で来ている客はいない。ランチもやっていますよ、と店員は告げる。
男は今頃、女を裸にしているだろう。
女は裸になって、男に触れられているだろう。

会計を済まして、店の外へ出る。
風が強くなっていた。冷たかった。人の群れを歩く。終電まで時間はある。人生は一人で過ごすにはあまりにも長すぎる。急いで電車に乗り込み、家へ帰る。

規則を破るほど気の利いてるわけではない。

家に着くと靴を脱ぎ、洗濯機にワイシャツを入れる。夕ご飯を温め直し、テレビをつける。眠気気が襲ってくる。本棚から『長距離走者の孤独』と『土曜の夜と日曜の朝』を取り出す。拾い読みしながら、眠気に襲われる。

目を閉じると朝になっているだろう

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

長距離走者の孤独 (新潮文庫)