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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

書肆ひぐらしと『私の個人主義』

御茶ノ水駅のすぐそばに、日本出版販売という会社があって、新刊を全国へ流通させるためにそこへ行く。


新刊3タイトルを登録し、神保町の方へ緩やかな坂道を下る。小川町の交差点をまっすぐ進み、少し行ったところで右に曲がる。二番目の交差点を左へ曲がると、昔、東京電機大があった場所の向かいに、西村書店という理工書専門の問屋があり、日本出版販売と同じく3タイトルを登録してもらう。


12時を過ぎ、公園でおにぎりを食べる。昨日、新宿でお酒を飲んだ。庄野潤三という作家を勧められた。神保町へきたので、買って帰ろうと思った。ふと、昔、石川九楊さんの本を勧めてくれた本屋さんのことを思い出した。行ってみようと思った。

お昼時の神保町は、至る所に行列ができていた。


古本屋へやってくると、ちょうどお店を開いたばかりだった。年季の入った本棚に、店主が本を入れている。バタイユの『眼球譚』が無造作に置かれていたので、手にとって眺めていると、店主が種村季弘の新刊が入ったよ、と教えてくれる。幻戯書房から出ている本だった。欲しかったけど、今日は庄野潤三が欲しい、と伝える。
どうやらないらしく、代わりに夏目漱石を勧めてくれた。


僕はあまり夏目漱石を読んだことがない。『私の個人主義』聞いたことのないタイトルだったが、とても感動的だというので買った。



私は冷かな頭で新らしい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。


昨夜、書店員と版元の方と同僚と一緒に新宿で飲んだ。アルコールが入り、気分が良かったのだろう。いつも以上に饒舌になっていた。


小さな飲み屋で、狭い席に四人で膝を突き合わせていた。人見知りする同僚のために、フォローすることも出来ず、ただしゃべり続けていたように思う。


店を出ると、新宿の街は光り輝いていて、酔っ払った人の群れが何人も歩いていた。僕を含めた彼らは、声を抑えることができず、平静を保てず、何かを喋り続ける。
それは、今日の昼ご飯のことや、妻のこと、子供のことや、働いている会社のことで、哲学的ゾンビの仮説や3.11以後の日本についてではなかった。


3.11以後、東北は特別な場所になった。福島県いわき市チェルノブイリになった。太平洋側は、大震災という言葉とともに語られるようになった。

そこでは、高校生男子は大声で話す。
エロ本買いたいんだけど、お前、どうやって買ってる?
あいつ、スタイルめちゃくちゃいいよな、ホテルにどうやったら連れこめっかな、とか。
大体そんな感じ。
制服のズボンを膝まで捲り上げ、髪を染めた奴ら。歩道いっぱいに並んで自転車に乗っている?

膝上10センチ以上のスカートをひらめかせてる女子高生は、マクドナルドで話をする。
ここは、デストピアでしょうか?
正解は、ドゥルルルルルルルルルルルルルルルル、じゃん!
いわき市です。
当たり前の答えに、大声で笑う。

彼女たちのスマートフォンが震えLINEからメッセージが届く。
スタンプが送られてくる。
彼女たちは、足を組み替える。油断した股が開いている。
男子たちは、押し黙る。前かがみになって、彼女たちのスカートの中を覗こうとする。

港町は津波の残骸を片付けられずにいた。失われたものを思い出すことには慣れている。
初老の男が、かつて、と語り出すと、港に吊るされた大漁旗は風ではためく。遠くで船の汽笛が鳴る。
ここからアメリカまで泳いていける?
5歳くらいの男の子が、初老の男の話を遮る。クロール覚えたら、アメリカまでいける?と。

高校を卒業した学生が東京の大学へ進学するため、いわき市を離れる。

60年代の学生は、共産主義ユートピアを作れると思っていた。彼らは、ペンは剣より強し、と剣を掲げ、学生運動を繰り広げた。暴力と暴力がぶつかり、暴力のうちに、運動は消え去った。

今の若者たちは、資本主義が作り出した湯ートピアを探す。だが、西船橋にかつてあった湯ートピアもすでに閉じられ、若者たちは資本主義の限界を感じている。

そして、満員電車に乗る。
女の子を連れ出した、男の子3人のグループが、大きな声で話をしている。
いくぜ、ラブホ!
届け、熱量!

クールな男の子が彼女の腰に手を回し、ここで降りよう、という。電車のドアが閉まる。置いてかれた男の子の声は、揺るがず大きい。
彼の思いは変わらない。
いくぜ、東北!
届け、熱量!

アルコールが体内のカロリーを奪い去り、話し疲れた男の子は、もう一人の男の子に支えられるようにして、電車を降りた。
これでも食べなよ、とカロリーメイトを渡される。

田園都市線は、半蔵門線に直通で伸びている。大手町で降り、少し地下路を歩く。すぐに東京駅だ。東京駅からは東北新幹線が出ている。
いくぜ、東北。
ただ、いわき市へは行けない。

鷺沼駅で急行と各駅停車の乗り継ぎがされる。
駅は静かだ。

秋の空は高く、空気は澄んで冷えていく。一秒ごとに冷えていく。ホームで立つ乗客はスマートフォンを見ていた。画面の光が反射する。光が顔に当たっていた。

もう、誰も語らない。
語りえぬものしか、この世には存在しない。
鈴虫とコオロギがこの世について語ろうとしている。でも、人間はその声を解読できない。ましてや、今はイヤホンをつけている。
彼らの声に耳を傾けることもしなくなった。

終着駅、ベットタウン。眠りにつくだけの街。
店の光も、マンションの光も消えている。駅前にはタクシーが列をなす。
それに乗ろうとする乗客も列をなす。
後部座席のドアが開き、ドライバーがどちらまで、と尋ねる声が聞こえる。後部座席に座り込む女性の声は朧げで、聞こえなかった。

グットモーニング、ベッドタウン。
これから、道路の工事が始まり、朝を迎える。朝は、東からやってくる。
子供達、妻たちと別れる。

ハローワールド。
満員電車で向かう東京は無言だ。
日が沈み、夜が更けて、アルコールを摂取するまでの僕は、冷静な頭のふりして、新しそうなことを言っている。


私の個人主義 (講談社学術文庫)

私の個人主義 (講談社学術文庫)