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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

インターネットと『スペキュラティブ・デザイン』

池袋駅から川口駅に向かう途中、ふと昔一緒に働いていた子のことを思い出した。

彼女と知り合ったのは10年前だった。この10年で世界は変わった。インターネットは得体の知れないものになり、メメックスWWWに興奮していたことさえ忘れてしまっている。
僕は、彼女の名前とグーグルさえあれば、思い出を具体化できるようになった。

手のひらで光る、スマートフォンの画面を、親指で操り、彼女の名前を検索してみる。
昔、彼女はダンスを踊っていた。彼女は、ダンサーだった。

愚かで無知な僕は、彼女のダンスについて、どうしようもないメールを送ったことがある。
僕はら彼女のダンスが好きだったんだ。こんなんでも、こんなんなりに、
好きだった。

それ以来、彼女からダンスのお誘いはあんまり来なくなった。今では連絡が途絶えた。
一緒に企画していたファンジンの話も宙ぶらりんになって絶えた。

10年。
世界が絶望するのに容易い時間を経た。
10年。
世界が希望を照らすのには、もう少し時間が必要だ。
僕らは、インターネットの網の目に繋がったまま、エーテルほどの小さな関わり合いの中で生きていた。

彼女が深く息をしたから、僕は街へ本を買いに行くのだと、信じたい。そうやって、彼女と僕をエーテルは、辛うじて繋ぐ。関わりを持たせ合わせる。

インターネットに彼女の名前を入力する。グーグルがぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。

検索結果に彼女の写真が出てくる。彼女は踊っていた。指先まで鮮明に。彼女の横顔に指先が交錯している。

2015年、彼女の公演はあった。踊っている。まだ、ダンスを続けていた。

検索結果に満足した。スマートフォンをカバンの中へ入れる。電車のつり輪にてを掴み、体重をかける。指先に力が入る。窓の外にはいくつものビルがそびえていた。空が真っ赤になっていた。まるで、口紅のようだ。

女性は赤い色を身につけると、セクシーに見えるらしい。男性は知的に見えるらしい。

真っ黒なカバンには、いくつもの本が入っている。僕が本を買いに行く。彼女は深く息をする。指先にまで呼吸をする。もう一度、深く息をする。僕は、財布からお金を取り出し、レジ横に陳列された本を手に取る。

彼女は踊る。
僕はその度に息をする。
舞台の上で踊る。僕は、目を瞑り、息をする。カバンを手に握り、新しく出版される本のゲラを読む。難しい言葉か並ぶ。資本主義の限界、とかデザインは全てを解決できるものではない、とか。
それから、また、息をする。
だから、彼女は踊る。観客は眼差しを向ける。彼女の踊りを見つめている。

空は、エーテルに満ちていて、光はエーテル伝いにやってくる。その小さな粒子は、あらゆるものを永久に媒介して運ぶ。本も、踊りも、息も、お金も。

エーテルの解析に成功したヴィントン・グレイ・サーフは、インターネットの構想を現実化していく。エーテルはあらゆる情報を運ぶ。世界はエーテルで完全に繋がることが出来る、とティム・バーナーズ=リーは言った。バーナーズ=リーはworld wide webを完成させる。情報は、エーテルを媒介し、アーカイブされる。

空中に浮かぶ透明は、誰かの映像と、誰かの状態を含んでいることを、僕らは知っている。デジャブの原理も、夢を見る原因もエーテルの解明と一緒に暴かれた。
そう、僕は息を吸う。エーテルを吸い込む。息を吐く。エーテルを吐き出す。その度に、彼女は踊る。僕の情報をエーテルは運ぶから。

僕は、手のひらのスマートフォンを見ている。彼女の踊りがYouTubeに映っている。
それは、もう一つの世界。
アリストテレスデカルトが信じた世界。ニュートンやマックスウェルが証明した世界。ホインヘンスが作り出した世界で僕は、彼女吐息さえ感じる。彼女は僕に本を買わせるために、息を深く吸う。僕は、彼女に踊ってもらうために、息を深く吐く。

もう一つの世界。
もしも、と僕は言う。
歴史にもしもはない、とかつて口にした僕らは、コンピューターの前で、もしも、と問う。
人々は共鳴するだろう。ツイッターは知らない人の声を拾い上げ、フェイスブックは親愛なる遠距離の友人たちを運んでくる。インスタグラムは、誰かが見ている世界を見せてくれる。
もしも、と僕らは問う。あらゆる情報があらゆるところから集まり、僕らの問いは、答えを見つけ出す。

もしもあの時、彼女の声をちゃんと聞いていたら、僕はまだ彼女のダンスを観れただろう。
僕は、コンピューターの前で問う。
「残念だね」と誰かがメンションをつける。いいね、と誰かがボタンを押す。

問題なんかデザインで解決できない。僕らは思索する。空論で空回りする。中二病になって、夕暮れを窓から見ている。電車の窓から、彼女のことを思い出して。
問題を提起する。
ここではない世界で。デザインは問いかける。

彼女のことを思い出して、11月の新刊のことを考える。
スペキュラティブ・デザイン。
まるで、小説のようなデザインの方法。

スペキュラティヴ・デザイン -未来を思索するためのデザイン(仮)

スペキュラティヴ・デザイン -未来を思索するためのデザイン(仮)