年を経るたびに、制約が生まれてきた。
生まれたばかりの子供は、目が見えない。目が見えない、と聞くと、真っ暗な世界を思い起こす。けれど、赤ちゃんが見ている世界は真っ暗な世界ではない。
光に満ちて輝き、真っ白な世界が見えている。
世界はキラキラと光り、物には輪郭がない。そこはとても美しい世界だろう。
- 作者: 小町谷朝生
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成長するに従い、光から物の輪郭を知る情報を得る。視覚は透過と反射を振り分け、物に輪郭を与える。
輪郭は物の存在を教える。物に人の体はぶつかる。ぶつかったり刺さったり、切れたりする。つまり、触れる。
感覚とは、
愛撫から殴打までことを指す。
- 作者: ジャックデリダ,Jacques Derrida,松葉祥一,加國尚志,榊原達哉
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光を知ることで、殴打から身を守ることができるようになる。そのかわり、真っ白に光り輝く世界をは失ってしまう。
視覚は世界に限界を与える。
目の前の石が、そのサイズ以上でも以下でもない石であることを伝える。
小さな頃は全てのことが可能だった。
あらゆる未来は自分で決めることができた。
欲しい物があれば、泣いて騒いだ。手を伸ばした。
欲しい物が何かすら知らなくて、その世界は美しかった。
いつからか、夢、が生まれた。
ああなりたい、と思ったり、こうしたい、と思ったりするようになった。
鉛筆を持つようになると、言葉を書いた。
言葉は無限に広がる夢に制約をつけるようになった。
足が速くなりたい、と書くとそれ以上でもそれ以下でもなくなる。言葉にする前なら、それ以上にもそれ以下にもなっていたのかもしれない。
輪郭を描き、枠を作ることは、
現実の中で、危険から身を守ることだ。
デザインは最大限の枠を作り、危険なことから身を守りながら、美しさを保全しようとする。
現代のアートは、枠を溶かそうとする。
子供の頃に失った、あの光り輝く世界を得ようとする。見えなくてもある物への欲求。ある物が見えなくなる錯覚。
もし、光から7つの個性を奪ったなら、僕たちは限界を持たなかったかもしれない。危険に身を投じて、美しさの中で生きていたかもしれない。
昨日、35歳になった。
いつの間にか、できないことが増えてしまった。僕は、僕であり他人ではなくなった。人類補完計画でもしない限り、僕は個であり続けるだろう。
中原中也の詩に『蛙声』という詩がある。
その声は、空より来り、
空へと去るであろう
天は地を蓋ひ
蛙声は水面に走る
(中原中也『在りし日の歌』ー「蛙声」より)
在りし日の歌―中原中也詩集 (角川文庫―角川文庫クラシックス)
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それらの声は個性ではない。
一つの大きな塊が、
空からやってきて、空へと響く。
かつて、電気がなかった頃、人々も夜になると輪郭を失い、全ての大きな塊になった。
夜は一つの塊だった。
来年は36歳になる。
世界と僕は対比される。僕は世界の危険と戦うために、美しさを手放し続けるのかもしれない。
夜は真っ暗で、何も見えない。
光を通さない物は、危険物かもしれない。視覚はそう語りかけてきた。今までずっと。
そろそろ危険なことが、せいぜい僕が死ぬ程度だということも知った。僕が死んでも世界は変わらない。一つの大きな塊は、一つの大きな塊のままだろう。
夜の闇はそんなに危険ではない。
その時、全ての輪郭を消し去ってしまう闇に、美しさを見つけるかもしれない。
まるで、かつての日本人が好んだ、陰影のように。人妻である、お歯黒のように。
ちなみに、7月24日は谷崎潤一郎の誕生日。
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