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本のこと、はしること、山形県のこと。

本と本屋さんのことを中心に書こうと思ってます。走るのが好きです。山形県出身です。内容をちょっとづつ調整していってます。

秋葉原の色彩は鮮やか過ぎて、物欲に溺れて息も絶え絶えになったこと

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ミニマルな思想が流行っているんだろうか。最近、よく耳にするようになった。
それらは、物を持たないことで、豊かな生活を手に入れようとしている。
現代は、物が溢れている。多くの人は手にしたい物を手にすることが容易になった。あまりに簡単になったから、次第に、手に入れなくてもいい物も溢れ、呼吸困難を感じ始めた。
物がなかった頃、そこにあった物は何だったのだろう。その頃、もっと深い呼吸ができていたんじゃないだろうか。

「ない」という存在にうつる「ある」という意識。
世界は0と1でできている。ヴィトゲンシュタインはそう言っている。
コンピューターがその世界を作り出して、この世には、あるかないかだけなのかもしれない、と思うようになった。

ただし、コンピューターに「ない」という存在は表現出来ない。コンピューターにとっては「ない」という存在はない。

昔、空間にはエーテルが満ちていた。「ない」空間をエーテルが埋めていた。それらは光を与えた。
相対性理論がエーテルを消し去り、空間に「ない」ものが生まれる。

写訳春と修羅

写訳春と修羅

春と修羅 (愛蔵版詩集シリーズ)

春と修羅 (愛蔵版詩集シリーズ)


相対性理論は「ない」場所に「未知」を詰め込もうとした。シュレーディンガーの猫は知らない限りいつまでも生き続ける。
コンピューターは「未知」なら知っている。

「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた! (ブルーバックス)

「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた! (ブルーバックス)

シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる。

シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる。


でも、僕らは「未知」と「ない」の差が分かるし、それらを使い分けることができる。
シュレーディンガーの猫は死んでるだろうし、「未知」は「ない」の空間を埋めない。

私の宇宙の限界は、私の言語の限界である

論理哲学論考 (叢書・ウニベルシタス)

論理哲学論考 (叢書・ウニベルシタス)


ならば、この宇宙には「ない」というものがあるということだ。「ない」という存在に価値観に、美意識を見出し、侘びや寂びと名付けたのもわかる気がする。

「ない」は欠けている。「ない」は不安定だ。だからこそ、美しい。

ミニマルな生活を完成させ、豊かな世界を手に入れた人は、「ない」を手に入れたのだろうか。
むしろ、物欲に悩み、物を捨てられずにいる人の姿にこそ、「ない」が映ることもある。

求めよ、さらばあたえられん。

なんて、逆説的な言葉なのだろう。