『ノルウェイの森』と『ノルウェーの森』
村上春樹は、僕、と言う。その主語を見つけた上野千鶴子は、男性の悪びれない二面性に嫌悪を示した。
なんの本で読んだのか、もう忘れてしまった。ハルキストへ向かう途中、僕は彼女の言葉にハッとした。
僕は、文字にするとき、僕、という言葉を選ぶ。そして、もう一つの人格を作り出し、現実と架空の世界を分け隔てる。上野千鶴子が言う通り、悪びれることなく、もう一つの自分を作り出し、現実から逃亡する。
ノルウェイの森は、ビートルズの曲からタイトルをつけている。
作詞は、レノン=マッカートニー。ポールとジョンの共作になる。
ノルウェイの森は、誤訳と言われる。一般的には、ノルウェイ産の木材、という意味らしい。
レノンは、浮気した時の歌、と語った。ポールは、恋人の家が安い松材で作られていたことから、タイトルをつけた、と言った。
当時、ノルウェイ産の木材は安く、労働者階級の人が住む家によく使われていたらしい。
二人は女の子の家にいた。
女の子は、いつでも私、という。私は私から逃れられないのだ、と忘れてしまった本の中で、上野千鶴子は言った。
私の家はノルウェイ産の木材で作られた安い家だ。私は仕事へ行き、働き、家に帰る。ノルウェイ産の木材で作られた、安い家へ帰る。
私はそこで寝る。ときどきレノンがやってくる。彼は座るところを探し、床に座る。ワインを飲んで話をする。
私は、明日仕事があるの、と彼に伝える。彼は、僕には仕事がない、というけど、結局は話し相手がいないから眠る。一緒のベッドで寝ればいいのに、彼はいつも風呂場へ行く。ここがいい、ここが落ち着くんだ、と言って。
朝になって、私は仕事へ行く。
彼はまだ風呂場で寝ている。いや、寝たふりをしているはず。だって風呂場でなんて熟睡はできるわけないじゃない。
私は半裸で部屋を走り回り、洋服を着て、カバンを持つ。シャワーを浴びたいけど、彼が寝てるから浴びれない。私は、部屋の鍵を開けたまま、仕事へ行く。書き置きや朝ごはんなんか残していかない。残してきたものは、脱ぎっぱなしになった下着だけ。たぶん、彼はそれを指でつまんで匂いを嗅ぐ。顔をしかめて、風呂場へ放りなげるの。それから、タバコに火をつけて、私の家の壁に焦げ跡を残す。
もしくは、ポールがやってくる。ポールはレノンと違って紳士なの。彼は私をお姫様のように扱う。だから私も彼を王子さまのように扱う。彼は私の家を安い材木の家、だなんて言わない。彼は私の家をノルウェイの森って名付ける。だから私はノルウェイの森のお姫様で、彼は王子さま。私たちは、広大な森の中で横になってワインを飲む。私は、彼といつまでも話してたいと思う。でも、彼は腕時計を見て、私に言うの。さあ、もう寝る時間だよ、君は明日仕事があるんだから、と。
彼には仕事がないのに。
ポールは私と一緒のベッドで眠る。狭いベッドだから、私はうまく眠りにつけない。横を見ると彼はぐっすり寝ていて寝息を立てている。私は、ベッドから立ち上がり、床の上に座る。飲み残したワインをグラスに注ぐ。真っ暗な夜。私は何も言わず、何も聞かず、何も言わなかった。私は、ワインを飲む。初めてお酒を飲んだみたいに、苦々しい顔をしてると思うの。でも、その顔を見てくれる人はいない。
朝になる頃、私はベッドに入る。彼は寝返りをうって、私にぶつかると、目覚める。もう起きたのかい、だって。だけど私は、そう、もうそろそろ準備しないと、って言ってまたベッドから出る。馬鹿みたい。
私はイライラして、仕事へ行く準備を完璧に整える。シャワーを浴び、朝ごはんを作り、朝ごはんを食べ、彼を追い出す。
彼は、またね、と言って手を振る。
私は、じゃあね、と言って仕事へ行く。
夕方、私は本屋へ行く。駅から家へ向かう途中にある小さな本屋へ。まっすぐに帰りたくない。本屋に入りとすぐにトイレへ行きたくなり、落ち着かない。料理のレシピ本を選び、レジ横に並んだ売り出し中の本を手に取る。
急いで本屋を出ると、尿意はなくなる。
私は家へ帰る。部屋は真っ暗だったので、私は灯をつける。テーブルの上に買ってきた本を置き、夕ご飯をつくる。
いつもと同じ、パンにサラダ。このままじゃガリガリになって、消えて無くなっちゃうよ、と女友達は言う。そうだ、健康に良くない、と思っても、レシピ本を買うので精一杯。買って満足して終わる。もうすぐ、消えてなくなってしまうかもしれない。
私は、私から逃げれない。私は私だ。消えてなくなってしまうまで、私は私だ。
ノルウェイ産の壁にタバコの焦げ跡が残っている。まるで田舎町の駅のトイレの壁みたいだ。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/03/13
- メディア: 文庫
- 購入: 4人 クリック: 29回
- この商品を含むブログ (51件) を見る
Halloween party と『CuiCuiの植物で楽しいハンドメイド』
恵比寿に会社があって、会社がイベントスペースを持っている。
Kusakanmuriという花屋もしている場所で、出版記念などもしたりする。
今年の4月に出版した、『Cui Cuiの植物で楽しいハンドメイド』の著者、そのまんまだけど、Cui Cuiさんが結成5周年のHalloween partyを行った。
子どもと一緒に遊びへ出かけた。
子どもの顔にペイントして、写真を撮ってもらい、ワークショップをした。
本はあまり売れなかった。
ほとんど持ってたんだろうし、本を売る準備をして行かなかった。
本は、本らしく売らないと売れない。
クラフトものは、雰囲気が大切だと思う。本だけでは説得力にかけるのだろう。
賑わう中で、ポツンと本が置かれている姿を見ると、もっと可愛がってあげないといけない、と思う。
本は周辺に佇む。
塩や胡椒みたいな存在になれたらいい。
Cui Cuiの植物でたのしいハンドメイド―季節の草花でかわいい雑貨をつくろう!
- 作者: Cui Cui,
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2015/04/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
6次元と『ポアンカレ予想』
6次元へ山形ナイトのイベントに行った
山形に関係する人がたくさんいた。
多くは庄内地方の方で、僕はぼんやりと池田久美子のことを思い出していた。池田久美子は山形県酒田市出身の陸上選手だった。
彼女はすでに引退した。
僕は山形県米沢市で陸上部をしていた。先輩には山形県米沢市出身の全国トップクラスの陸上選手がいた。彼は、高校卒業後、大学へ行かず、陸上部のある企業へも行かなかった。
高畠町でワインを作っている。
彼はまだ走っているみたいだ。
県の陸上記録会に名前が載っている。
同じ山形県で、同じ陸上部で、同じ程度インターハイで記録を残した、彼女と彼は、一筆書きで繋がるのだろうか。
6次元っていう名前が、僕の脳みそを混沌とさせる。前に読んだ『ポアンカレ予想』のことを思い出す。
ケーニヒスベルクの7つの橋。それを一筆書きで繋ぐには、もう一つ次元を足さなければならない。
6次元なら、いたるところ縦横無尽だな、と思う。
かつて、僕が大好きだった初恋の女の子や、眺めるだけだった、高校時代のスタンドから声援を送るかわいい女の子にも、柴咲コウや宝生舞にも、僕は手軽に出会い、手をつなぐことができるかもしれない。
6次元なら、それくらいお手の物さ。
- 作者: ジョージ G.スピーロ,志摩亜希子,永瀬輝男,坂井星之,塩原通緒,鍛原多惠子,松井信彦
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/12/19
- メディア: 単行本
- 購入: 6人 クリック: 141回
- この商品を含むブログ (43件) を見る
書肆ひぐらしと『私の個人主義』
御茶ノ水駅のすぐそばに、日本出版販売という会社があって、新刊を全国へ流通させるためにそこへ行く。
新刊3タイトルを登録し、神保町の方へ緩やかな坂道を下る。小川町の交差点をまっすぐ進み、少し行ったところで右に曲がる。二番目の交差点を左へ曲がると、昔、東京電機大があった場所の向かいに、西村書店という理工書専門の問屋があり、日本出版販売と同じく3タイトルを登録してもらう。
12時を過ぎ、公園でおにぎりを食べる。昨日、新宿でお酒を飲んだ。庄野潤三という作家を勧められた。神保町へきたので、買って帰ろうと思った。ふと、昔、石川九楊さんの本を勧めてくれた本屋さんのことを思い出した。行ってみようと思った。
お昼時の神保町は、至る所に行列ができていた。
古本屋へやってくると、ちょうどお店を開いたばかりだった。年季の入った本棚に、店主が本を入れている。バタイユの『眼球譚』が無造作に置かれていたので、手にとって眺めていると、店主が種村季弘の新刊が入ったよ、と教えてくれる。幻戯書房から出ている本だった。欲しかったけど、今日は庄野潤三が欲しい、と伝える。
どうやらないらしく、代わりに夏目漱石を勧めてくれた。
僕はあまり夏目漱石を読んだことがない。『私の個人主義』聞いたことのないタイトルだったが、とても感動的だというので買った。
私は冷かな頭で新らしい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。
- 夏目漱石『こころ』
昨夜、書店員と版元の方と同僚と一緒に新宿で飲んだ。アルコールが入り、気分が良かったのだろう。いつも以上に饒舌になっていた。
小さな飲み屋で、狭い席に四人で膝を突き合わせていた。人見知りする同僚のために、フォローすることも出来ず、ただしゃべり続けていたように思う。
店を出ると、新宿の街は光り輝いていて、酔っ払った人の群れが何人も歩いていた。僕を含めた彼らは、声を抑えることができず、平静を保てず、何かを喋り続ける。
それは、今日の昼ご飯のことや、妻のこと、子供のことや、働いている会社のことで、哲学的ゾンビの仮説や3.11以後の日本についてではなかった。
3.11以後、東北は特別な場所になった。福島県いわき市はチェルノブイリになった。太平洋側は、大震災という言葉とともに語られるようになった。
そこでは、高校生男子は大声で話す。
エロ本買いたいんだけど、お前、どうやって買ってる?
あいつ、スタイルめちゃくちゃいいよな、ホテルにどうやったら連れこめっかな、とか。
大体そんな感じ。
制服のズボンを膝まで捲り上げ、髪を染めた奴ら。歩道いっぱいに並んで自転車に乗っている?
膝上10センチ以上のスカートをひらめかせてる女子高生は、マクドナルドで話をする。
ここは、デストピアでしょうか?
正解は、ドゥルルルルルルルルルルルルルルルル、じゃん!
いわき市です。
当たり前の答えに、大声で笑う。
彼女たちのスマートフォンが震えLINEからメッセージが届く。
スタンプが送られてくる。
彼女たちは、足を組み替える。油断した股が開いている。
男子たちは、押し黙る。前かがみになって、彼女たちのスカートの中を覗こうとする。
港町は津波の残骸を片付けられずにいた。失われたものを思い出すことには慣れている。
初老の男が、かつて、と語り出すと、港に吊るされた大漁旗は風ではためく。遠くで船の汽笛が鳴る。
ここからアメリカまで泳いていける?
5歳くらいの男の子が、初老の男の話を遮る。クロール覚えたら、アメリカまでいける?と。
高校を卒業した学生が東京の大学へ進学するため、いわき市を離れる。
60年代の学生は、共産主義がユートピアを作れると思っていた。彼らは、ペンは剣より強し、と剣を掲げ、学生運動を繰り広げた。暴力と暴力がぶつかり、暴力のうちに、運動は消え去った。
今の若者たちは、資本主義が作り出した湯ートピアを探す。だが、西船橋にかつてあった湯ートピアもすでに閉じられ、若者たちは資本主義の限界を感じている。
そして、満員電車に乗る。
女の子を連れ出した、男の子3人のグループが、大きな声で話をしている。
いくぜ、ラブホ!
届け、熱量!
クールな男の子が彼女の腰に手を回し、ここで降りよう、という。電車のドアが閉まる。置いてかれた男の子の声は、揺るがず大きい。
彼の思いは変わらない。
いくぜ、東北!
届け、熱量!
アルコールが体内のカロリーを奪い去り、話し疲れた男の子は、もう一人の男の子に支えられるようにして、電車を降りた。
これでも食べなよ、とカロリーメイトを渡される。
田園都市線は、半蔵門線に直通で伸びている。大手町で降り、少し地下路を歩く。すぐに東京駅だ。東京駅からは東北新幹線が出ている。
いくぜ、東北。
ただ、いわき市へは行けない。
鷺沼駅で急行と各駅停車の乗り継ぎがされる。
駅は静かだ。
秋の空は高く、空気は澄んで冷えていく。一秒ごとに冷えていく。ホームで立つ乗客はスマートフォンを見ていた。画面の光が反射する。光が顔に当たっていた。
もう、誰も語らない。
語りえぬものしか、この世には存在しない。
鈴虫とコオロギがこの世について語ろうとしている。でも、人間はその声を解読できない。ましてや、今はイヤホンをつけている。
彼らの声に耳を傾けることもしなくなった。
終着駅、ベットタウン。眠りにつくだけの街。
店の光も、マンションの光も消えている。駅前にはタクシーが列をなす。
それに乗ろうとする乗客も列をなす。
後部座席のドアが開き、ドライバーがどちらまで、と尋ねる声が聞こえる。後部座席に座り込む女性の声は朧げで、聞こえなかった。
グットモーニング、ベッドタウン。
これから、道路の工事が始まり、朝を迎える。朝は、東からやってくる。
子供達、妻たちと別れる。
ハローワールド。
満員電車で向かう東京は無言だ。
日が沈み、夜が更けて、アルコールを摂取するまでの僕は、冷静な頭のふりして、新しそうなことを言っている。
- 作者: 夏目漱石
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1978/08/08
- メディア: 文庫
- 購入: 7人 クリック: 117回
- この商品を含むブログ (101件) を見る
シューゲイザーと置賜盆地
妻の実家は、埼玉県行田市にある。
行田市は、2007年に日本最高気温を出した熊谷市に隣接する。(現在は高知県の四万十市の41℃が最高らしい。)
僕の生まれた山形県南陽市は、熊谷市に破られるまでの74年間、日本最高気温を保持していた、山形県山形市の南方にある。
行田市は関東平野の北部にあり、南陽市は置賜盆地の最北端にある。
行田市から見える山は遠く、ほとんど空と同化した影がうっすらと見えるだけだ。
南陽市から見える景色には、山が見えない角度はない。シューゲイザーさながら、下を向いて生活を、しない限り、山は目に入ってくる。
高校時代、僕は、陸上部でよい成績を上げれなかった。なせばなる、と上杉鷹山の教えに培われた風土で、成せずにもがいた。様々なところから、多くの助言を求めていた。ほとんどの偉人は、顔をあげろ、前を向け、と言った。未来は君の思うがままだ、と。
だから、前を見た。目の前に山はそびえていた。とても高い山だった。迂回しようにも、さらに高い山があった。僕は、山を乗り越えられると思えなかった。僕は下を向いた。
僕は下を向いた。そこには、ランニングシューズが2足あった。彼らは、地面に立っていた。右足を前に出す。ランニングシューズは30センチくらい、前に出た。もう少し力を入れて左足を前に出す。60センチくらい左側のランニングシューズは前に出た。
僕はよたよたと、2つのランニングシューズを交互に前に突き出した。その度に、体は上下した。肺は呼吸を苦しくした。顔は歪んでいただろう。
それでも、俯いた僕は、交互に前に出るランニングシューズを見ていた。無様だった。でもやめれなかった。気がついたら、僕は何Kmも走っていた。60センチくらいの幅しかないこの2つの足が、何Kmも前に運んだ。
先日、行田市の神社へ子供の七五三で詣でた。いつの間にか、子供は5歳になった。今、僕は関東平野の西部に住んでいる。山は影も形も見えない。よく晴れた日に辛うじて富士山が見えるくらいだ。
高校時代に僕が見た山は、ここにはない。ここからはどこまでも見通すことができる。まるで、未来さえも見えるようだ。
僕の子供は全速力で走る。前に向かって走しる。彼は下を向かない。遠い空を見る。
それでも、もし君が、この世界から愛を失ってしまったなら、下を向けばいい。俯いて、足を見たらいい。2つの足は、愛のない世界でさえも、君を未来へと連れて行ってくれる。ドラえもんのタイムマシンや、どこでもドアみたいな便利なもんじゃない。一回の動作でせいぜい、60センチくらいしか君を運ぶことができないやつだけど、君を未来へと連れて行ってくれる。
あの場所へ…希望の歌で悲しい歌の聴こえない場所へ。
理想ばかりよそおうばかり
悲しい歌の聴こえない場所へ
急いで
(スーパーカー「wonderful world」)
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて ケヴィン・シールズのサウンドの秘密を追って
- 作者: 黒田隆憲
- 出版社/メーカー: DU BOOKS
- 発売日: 2014/02/14
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (19件) を見る
インターネットと『スペキュラティブ・デザイン』
池袋駅から川口駅に向かう途中、ふと昔一緒に働いていた子のことを思い出した。
彼女と知り合ったのは10年前だった。この10年で世界は変わった。インターネットは得体の知れないものになり、メメックスやWWWに興奮していたことさえ忘れてしまっている。
僕は、彼女の名前とグーグルさえあれば、思い出を具体化できるようになった。
手のひらで光る、スマートフォンの画面を、親指で操り、彼女の名前を検索してみる。
昔、彼女はダンスを踊っていた。彼女は、ダンサーだった。
愚かで無知な僕は、彼女のダンスについて、どうしようもないメールを送ったことがある。
僕はら彼女のダンスが好きだったんだ。こんなんでも、こんなんなりに、
好きだった。
それ以来、彼女からダンスのお誘いはあんまり来なくなった。今では連絡が途絶えた。
一緒に企画していたファンジンの話も宙ぶらりんになって絶えた。
10年。
世界が絶望するのに容易い時間を経た。
10年。
世界が希望を照らすのには、もう少し時間が必要だ。
僕らは、インターネットの網の目に繋がったまま、エーテルほどの小さな関わり合いの中で生きていた。
彼女が深く息をしたから、僕は街へ本を買いに行くのだと、信じたい。そうやって、彼女と僕をエーテルは、辛うじて繋ぐ。関わりを持たせ合わせる。
インターネットに彼女の名前を入力する。グーグルがぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。
検索結果に彼女の写真が出てくる。彼女は踊っていた。指先まで鮮明に。彼女の横顔に指先が交錯している。
2015年、彼女の公演はあった。踊っている。まだ、ダンスを続けていた。
検索結果に満足した。スマートフォンをカバンの中へ入れる。電車のつり輪にてを掴み、体重をかける。指先に力が入る。窓の外にはいくつものビルがそびえていた。空が真っ赤になっていた。まるで、口紅のようだ。
女性は赤い色を身につけると、セクシーに見えるらしい。男性は知的に見えるらしい。
真っ黒なカバンには、いくつもの本が入っている。僕が本を買いに行く。彼女は深く息をする。指先にまで呼吸をする。もう一度、深く息をする。僕は、財布からお金を取り出し、レジ横に陳列された本を手に取る。
彼女は踊る。
僕はその度に息をする。
舞台の上で踊る。僕は、目を瞑り、息をする。カバンを手に握り、新しく出版される本のゲラを読む。難しい言葉か並ぶ。資本主義の限界、とかデザインは全てを解決できるものではない、とか。
それから、また、息をする。
だから、彼女は踊る。観客は眼差しを向ける。彼女の踊りを見つめている。
空は、エーテルに満ちていて、光はエーテル伝いにやってくる。その小さな粒子は、あらゆるものを永久に媒介して運ぶ。本も、踊りも、息も、お金も。
エーテルの解析に成功したヴィントン・グレイ・サーフは、インターネットの構想を現実化していく。エーテルはあらゆる情報を運ぶ。世界はエーテルで完全に繋がることが出来る、とティム・バーナーズ=リーは言った。バーナーズ=リーはworld wide webを完成させる。情報は、エーテルを媒介し、アーカイブされる。
空中に浮かぶ透明は、誰かの映像と、誰かの状態を含んでいることを、僕らは知っている。デジャブの原理も、夢を見る原因もエーテルの解明と一緒に暴かれた。
そう、僕は息を吸う。エーテルを吸い込む。息を吐く。エーテルを吐き出す。その度に、彼女は踊る。僕の情報をエーテルは運ぶから。
僕は、手のひらのスマートフォンを見ている。彼女の踊りがYouTubeに映っている。
それは、もう一つの世界。
アリストテレスやデカルトが信じた世界。ニュートンやマックスウェルが証明した世界。ホインヘンスが作り出した世界で僕は、彼女吐息さえ感じる。彼女は僕に本を買わせるために、息を深く吸う。僕は、彼女に踊ってもらうために、息を深く吐く。
もう一つの世界。
もしも、と僕は言う。
歴史にもしもはない、とかつて口にした僕らは、コンピューターの前で、もしも、と問う。
人々は共鳴するだろう。ツイッターは知らない人の声を拾い上げ、フェイスブックは親愛なる遠距離の友人たちを運んでくる。インスタグラムは、誰かが見ている世界を見せてくれる。
もしも、と僕らは問う。あらゆる情報があらゆるところから集まり、僕らの問いは、答えを見つけ出す。
もしもあの時、彼女の声をちゃんと聞いていたら、僕はまだ彼女のダンスを観れただろう。
僕は、コンピューターの前で問う。
「残念だね」と誰かがメンションをつける。いいね、と誰かがボタンを押す。
問題なんかデザインで解決できない。僕らは思索する。空論で空回りする。中二病になって、夕暮れを窓から見ている。電車の窓から、彼女のことを思い出して。
問題を提起する。
ここではない世界で。デザインは問いかける。
彼女のことを思い出して、11月の新刊のことを考える。
スペキュラティブ・デザイン。
まるで、小説のようなデザインの方法。
スペキュラティヴ・デザイン -未来を思索するためのデザイン(仮)
- 作者: アンソニー・ダン,フィオーナ・ラビー
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2015/11/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
YouTubeと『映像作家100人』
大宮まで、本屋へ、営業に行った。
うまく、時間が、使えなかった。
カバンに入れた、トーマス・マンの『トニオ・クレーガー』を電車の中で読んだ。
大宮から会社へ戻る。18時を過ぎていた。会社に戻ると、『映像作家100人2015』を本棚から持ってくる。彼らの作品を、ひとつ、ひとつ、観る。
七尾旅人の「テレポーテーション」のミュージックビデオを作成したのは、ひらのりょうという映像作家だ。彼のウェブサイトから、MVを見た。
山形の友だちのことを思い出した。
君に会いに行く、君に会いに行く、夢の中の僕らは、すぐに近づく。
歌が終わる。YouTubeの画像が切り替わる。停止ボタンを押す。次の作家を検索する。
やくしまるえつことd.v.dの「ぐるぐるアース」を検索する。昔、d.v.dは、『映像作家100人』のイベントに出てくれたことがあった。d.v.dのパフォーマンスは本当に楽しくて、一気にテンションが上がったのを覚えている。その日、一睡もせず、六本木ヒルズから朝陽を眺めた。
彼のミュージックビデオは、A4Aというグループだった。簡素な空間に映し出されるやくしまるえつこのバックに、d.v.dのパフォーマンスが映し出される。
僕は、それから、幾つかの映像作品をYouTubeで検索して、見て、停止ボタンを押し、また、検索した。
いつの間にか、僕は、当たり前のように気に入った作品を何度もリピートしている。CMもMVももう、録画はしない。
インターネットをつなぎ、グーグルへアクセスする。YouTubeを開く。見たい映像のキーワードを入れる。何度も何度も無料で見てから、僕らは、パッケージを購入するためにサイトへ飛ぶ。
タワーレコードへもHMVへも、行かない。電車の中、スマートフォンを取り出す。財布を開き、クレジットカードの番号を入力する。
決済が完了する。そして、YouTubeを開く。再び、検索する。同じ曲を聴く。
夢の中の僕らは、すぐに近づく。
夢の外の僕らは、布団の上で、液晶画面をいじっている。
映像作家100人 2015 -JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2015 (DVD-ROM付)
- 作者: 庄野祐輔,古屋蔵人,藤田夏海
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2015/04/20
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログ (1件) を見る